「認知症(痴呆)」

北海道勤医協 老人保健施設柏ヶ丘施設長
渋谷直道医師

北見病院の医療・介護活動交流集会で、北海道勤医協老人保健施設柏ヶ丘施設長の渋谷直道医師に「認知症の理解と対応」についてご講演いただきました。

 今回、友の会ニュース用に要約していただきましたので、三回に分けて紹介いたします。

認知症とはなにか

 人間の脳は年とともに成長、発達を続け、完成されていきます。

 そして、脳には、その人の長い人生経験で得られた知識、情報、能力がたくさん記憶、蓄積されているのです。

 認知症(痴呆)は、

@いったん完成された脳が様々な原因によって広く損傷を受け、
Aそのために記憶力、理解力、判断力などが障害され、
B社会生活や家庭生活に支障をきたした状態

と定義されます。

原因はさまざま

 認知症の原因となる疾患で、一番多いのがアルツハイマー病、次いで多いのが脳血管性痴呆、このふたつで認知症の約八割を占めます。

 他にも認知症の原因はたくさんありますが、中には正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫など手術や治療で完全に治る病気や、薬の副作用で幻覚やせん妄(軽い意識障害、幻覚と運動不穏を伴う状態で夜間に多い)が見られることもあるので、急に幻覚、妄想、物忘れなどの症状が出てきた時は、まず病院を受診して下さい。

 薬もチェックする必要があります。

もの忘れと認知症

 年をとると誰でも忘れっぽくなります。「ふつうの物忘れ(生理的健忘)」と認知症の違いを表に示しました。

 例えば、「全体験を忘れる」…朝食のみそ汁の具を思い出せないのは「ふつうの物忘れ」、食べたこと自体を完全に忘れているのが「認知症」です。

 「無自覚」…「この頃もの忘れがひどいので認知症ではないか」と自分から病院を受診する人は、まず認知症ではありません。


認知症は「脳の病気」

 アルツハイマー病の人の脳を調べてみると、老人斑、神経原線維変化、神経細胞の脱落など、脳の中に明らかな病的変化がみられます。

 また、アルツハイマー病になりやすい遺伝子のあること、発病にはライフスタイルや生活習慣が関係すること、症状が出るまでに二十年近くかかることなどもわかってきました。

 こうしてみると、認知症は、癌や高血圧、糖尿病などの成人病、いわゆる生活習慣病と共通点がたくさんあると思いませんか。

 認知症は「脳の病気」なのです。これは、当たり前のことのようですが、認知症の人を理解する上でとても大切な視点です。

 自分を育ててくれた親や、長年苦労をともにした妻や夫が、まるで別人のような行動をとるのを見るのは大変つらいことです。しかし、決して人が変わってしまった訳ではなく、その人でなくなったのでもありません。

 認知症という「病気」に罹ったのです。本人もこの「病気」を抱えて悩み苦しみながら一生懸命生きている、このことが理解できると、少し心が軽くなるのではないでしょうか。

次回は「認知症の症状」についてです。



表 「もの忘れ」と「認知症」の ちがい
健康老人の「もの忘れ」
認知症
体験の一部を忘れる全体験を忘れる
思考力や判断力は無傷思考・判断などの知的機能も低下
もの忘れを自覚して悩む無自覚※
社会生活に支障なし社会生活ができない


※「もの忘れ」そのものよりも、もの忘れによる生活の不自由さを自覚して悩む



今回は認知症の症状についてお話します。
認知症の症状は、中核症状(記憶障害、見当識障害、理解力・判断力の低下など)と、
周辺症状(随伴精神症状、行動障害※)の2種類に分けて考えます。(図)

中核症状=基本の症状
 
中核症状は、程度の差はあれ、認知症の人全てに出現し、徐々に進行、改善が難しい症状です。外からは目立たないので、気付かれないこともあります。

 記憶障害は、近時記憶(数分〜数日前)、瞬時記憶(直前の出来事)、遠隔記憶(昔の記憶)の順に忘れていきます。また、「病院に行った」、「○×さんに会った」等の「出来事記憶」がまず侵され、楽器演奏などの「手続き記憶」は比較的最後まで残ります。

 見当識障害は、時(時刻・日付・季節など)→場所(ここはどこか)→人物(相手はだれか)の順にわからなくなっていきます。

周辺症状=理由や原因がある

 周辺症状は、記憶障害や見当識障害などの中核症状による本人の不安や困惑を背景に、周囲との関わりの中で出てくる症状です。

人によって内容や現れ方は千差万別、全く出現しない人もいれば、認知症の初期から激しい症状を示す人もいます。

 この周辺症状は介護する人にとって大きな負担となりますが、逆に、治療やケア、周囲の対応などで十分に改善可能です。症状出現には必ず正当な理由や原因があるので、本人の立場にたって「こころ」を理解しようとすることが大切です。

 もの盗られ妄想
 「財布をしまい込んだ事を完全に忘れてしまい、『あの人が盗んだ』と騒ぐ」
 この症状の背景には、家庭や社会での役割が減っていく等の「喪失感」や不安感があります。大切な物を無くした時、罪悪感と同時に「私がなくすはずがない」というプライド、「喪失感」の中で頼りない自分を守ろうとする意識などが重なり合って、一番合理的な解決方法である「盗まれた」にたどりつく訳です。ですから、この妄想は、人の面倒見がよく、正義感が強い、自立した人生を歩んできた人に多く出現します。本人の持つ不安、寂しさ、喪失感をよく理解することがケアの基本です。

 徘 徊
 「自分のいる場所がわからず、意味もなく歩き回る」→そんなに単純ではありません。 
「いつもの道」なら迷わない人も、道路の反対側にわたるだけで景色が変わり、場所がわからなくなります。
認知症の人は同時に二つ以上の事ができなくなるので、歩きながら他人に道を尋ねることもなく、ひたすら歩き続け、遠く離れた場所で保護されます。

 家や施設から出かけてしまう徘徊では、多くの場合、本人が「そこに居づらい」と感じています。安心できる環境や人間関係ができると「出かける徘徊」は無くなります。


周辺症状は本人の「SOS」

 認知症では、記憶障害などの中核症状のため、日常生活の中で様々な不自由や困難に直面し、大きな戸惑いとストレスを抱えています。

また、今まで出来ていたことが出来なくなっていく不安や焦りとともに、何となく周囲が困っている雰囲気と気まずさも感じています。これを何とか自力で乗り越えようと必死に頑張る結果が周辺症状として現れます。

 実は、認知症の様々な周辺症状は、本人の「SOS」のサインなのです。


◆本人中心の介護へ

 認知症が社会問題となったのは、有吉佐和子の「恍惚の人」が出版(1972年)された頃からです。当時は、本人の心の内面には殆ど目が向かず、「何も分からなくなった危険な人」として恐れられ、介護する人の大変さのみがクローズアップされていました。

 その後、「呆け老人を抱える家族の会」などが、介護の経験を交流しあい、「痴呆介護」を社会問題として訴え続ける中で、本人の姿にも目が向けられるようになりました。

 最近、アルツハイマー病に罹った人の手記などが次々と出版され(※1)、本人の思いが自分の言葉で語られるようになり、認知症ケアも、本人中心の考え方に大きく変わってきました。以前の様な、回廊式廊下や部屋にカギをかける「抑制・拘束」は一部を除いて行われなくなりました。

「問題行動」も、周囲が困るので何とか押さえ込もう、その場をうまく乗り切ろう、といったケアから、本人の心の寂しさ、つらさに寄り添う中で安心してもらうケアへと変わりつつあります。

◆新しい認知症ケアのポイント

@本人の歴史、生い立ち、性格、人間性をよく知り、ひとりの人間として理解、尊重する。
 認知症に罹っても、長い人生を生き抜き、私達を育ててくれた、尊敬に値する人生の大先輩です。豊かな経験と個性を活かして、「その人らしく」生き生きと暮らすためにも、その人の人生をよく知り、理解することが大事です。得意分野で役割を発揮したり、私達が逆に教えられたりする場面も多いものです。

A本人の気持ちを大切にし、同じ視線を共有する。
 理解や記憶が失われても、感情は残っていて、相手の気持ちやその場の雰囲気をとても敏感に感じ取ります。進行した認知症の方でも、小さい子ども達には、満面の笑顔と優しさで接します。残っている優しさや豊かな感情に共感することが大切です。

B周辺症状には、「どう対処するか」の前に「どうしてそうなったのか」を考える。
 周辺症状には、必ず本人にとって切実な理由があります。本人の不安や困っている内容がわかると、自ずと対応も見えてきます。ゆっくり話を聞くと、本人がつらい心の内を語ってくれることもあります。困っていることを援助して、不安やストレスを和らげることができると、激しい症状も自然に消えていきます。

C「できること」と「できないこと」を具体的に理解、把握する。
 「あれもできない、これもできない」と嘆かずに、何ができないかを理解し、逆に、「出来ること」を見つけることが大切です。「失禁→即オムツ」ではなく、トイレの場所がわからないのか、ズボンが下げられないのか、ドアが開けられないのか、できないことを具体的に見つけて援助し、出来ることは行なってもらいます。本人の自信にもなり、出来ることが増えてきます。

D「馴染み・落ち着き・安心できる」環境を。
 「認知症の人は、場所もわからないのだから、環境はどうでもよい」というのは間違いで、逆に環境の影響をとても受けやすいのです。慣れない場所では不安もつのり落ち着きません。長年見慣れた景色や使い慣れた道具、ずっと続けてきた生活習慣、顔なじみの人間関係などを大切にした生活環境が必要です。草花も、生えている地面から引き抜いて鉢に植え替えると、しおれたり、時には枯れてしまいます。

◆おわりに

 今、認知症介護の流れは、「本人中心」「個別ケア」「自立支援」「地域生活支援」「人権重視」「環境重視」をキーワードに、「病院や大規模施設への収容」から、「小規模な居住空間、なじみの人間関係、家庭的な雰囲気の中で、地域での生活を継続しながら一人一人の生活のあり方を支援していく」方向に向かっています。

 勤医協でも、今年9月に、認知症を地域で支えるための事業所「ケアセンターたんぽぽ」がオープンします。困ったこと、相談したいことがありましたら、是非お気軽に声をかけて下さい。認知症の介護は大変ですが、ひとりで抱え込まず、地域のいろいろな人たち、サービスの力を借りて、みんなで支えあっていきましょう。

※1「私は誰になっていくの?」
   クリスティーン ボーデン著 クリエイツかもがわ(かもがわ出版)他

★ 新しい認知症ケアについて、興味のある方は、「いつどこネット」というホームページ(http://www.itsu-doko.net/)もご覧下さい。